古びたマンションに日付がとっくに変わった時間に酔っ払って戻った。
藤堂 真介 38歳、冴えないフリーライターを生業にしている。
冷蔵庫から取り出した水を飲みながら、いつものように亜久里 香が主催する投稿エロ小説サイト-香の部屋-をチェックした。
最近、このサイトで注目している小説がある。
ほぼ毎日更新される投稿小説「ちなみ 陵辱」は、その背景があまりに真介の環境に近しく、妙に気になっていた…
亜久里 香…
真介好みの陵辱小説を書く素人作家だ。
幼い頃からたくさん本を読んできた文学少女だったんだろうなぁ… 真介はそう感じていた。
主人公の女子大生「湯浅 ちなみ」が、小説の中で展開される「露出命令Blog」で命ぜられる恥ずかしい命令に、徐々に秘めた性癖を露にされ、穢されていくストーリーのようだ。
東京と埼玉の境目、東村山市に住む「ちなみ」が、アルバイトをする喫茶店も、通う大学も、利用する駅もどれもが真介の日常で接する施設がモデルにされているようで、亜久里 香はこの近隣の地理に詳しいことが想像できる。
少なくともこの辺りに住んだことある事は間違いないと思っていた。
そして主人公の”ちなみ”がまるで実在しているかのようなリアリティがあり、妙に小説に引き入られていた。
――いよいよ露出命令の実行かぁ…
AVやHPでこの手の露出物が増えているが、真介はそんな女に出遭った事も、女に求めた事もなかった。
願望がないかと問われれば、きっと持っているだろうが、考えたこともなかった。
冷静に考えてみても、Netのネタはあくまでも男の願望であって、そんじょそこらにそんな女が転がっているわけがないと思っている。
しかし、最近40歳を目前にして、仕事先や街角で出遭う賢そうな女が、恥かしそうに肌を晒し羞恥に震える姿を想像し、ツンと清ました楚々とした女をひん剥いて本性を暴いてやりたい!とやたらと思うようになった。
そんな妄想に執りつかれるのも、喰うために風俗ルポをやるようになり、綺麗に着飾った女の性(さが)を嫌と言うほど見せ付けられたからかもしれないと自嘲気味に思うこの頃だ。
――ふっ そう言えば暫く女を抱いていないなあ
◆
「あっ! 更新されてる」
本城 綾のお気に入りの投稿小説「ちなみ 陵辱」が今日もUpされていた。
綾が受験勉強の合間、「投稿小説」をキーワードに出逢ったのがこの投稿小説サイトだ。
主人公に同化して読み進め、気付けばショーツを濡らしてしまう事が度々だった。
今、連載中の「ちなみ 陵辱」はサイトの主催者、亜久里香が春から連載を始めた小説で、流行のブログを題材にしたものだ。
京都の田舎町から志望校の立京大に進学し、今春から西武池袋線秋津駅近くのワンルームマンションで一人暮らしを始めた綾と、時を同じくして連載され始めたこの物語は、主人公の名前を「綾」に置き換えると、描かれている環境が極似していて、まるで自分のことのように思え、いつも以上に熱中して読んでいる。
今日、更新された物語の中では、主人公のちなみに寄せられた数多くの恥ずかしい命令の中から自分で選んだ”今日からノーパソで通学する事”を実行すべきか悩んでいた。
白いミニスカートを穿いて、赤い雨傘を持って駅に向かえと命じられている。
――この作者も、主人公も、この近所にホントにいる人なんじゃないかしら… 西武池袋線沿線の駅って絶対秋津よ、これ…
綾は、ちなみが命じられたような超ミニではないが、デニム地の白いスカートを持っている事に思い当たった。
夜が明け、身支度を終えた綾は、膝上10cm程のミニスカートを穿いた。
マンションのドアを開けると、空はどんより曇り、今にも降ってきそうな空模様だ。
傘立てには、先日急に雨に降られた時にコンビニで買った透明のビニール傘と、お気に入りの赤地のチェックの傘がある。
――この傘を持てばまるで”ちなみ”だわ
綾は小説の中の主人公になったようで、迷わず赤いパラソルを持って駅へと向かった。
◆
「チェッ! 買い置きが切れてたっけ…」
徹夜でルポの原稿を書き終え、眠る前にいっぱい引っ掛けるつもりでビールを飲もうと冷蔵庫を開けたが、1本もなかった。
――煙草も残り少ないし、散歩がてらコンビニに買いに行くか…
表に出ると、今にも泣き出しそうな空模様で、人は駅への道を足早に歩いて真介を追い越して行く。
――普通の人の一日は今から始まるんだな
「ん?」
今追い越していった若い女が目に留まった。
足首が引き締まった綺麗な足をしている。
――白いミニスカートがよく似合ってるなぁ。 大学生かな?! 赤い傘かぁ…?
「ふん まさかなぁ。 あははっ」
夕べ読んだ亜久里 香の小説を思い出した。
小説では、『ショーツを穿かずにパンストを直穿きで出かけろ! 俺の命令に忠実に従うのかどうか、試してやる! 』と”ちなみ”は命じられていた。
指定の格好をして駅前で5分間、人待ち顔で立っている事が”ちなみ”に課せられている。
――どうせ今からは寝るだけだしな
暇に飽かして前を行く女を付けてみる気になった。
まもなく駅の南口に着いたその女は、券売機の横の柱の陰で誰かを待っているような雰囲気で佇んだ。
――オイオイ マジかよ・・・
しきりと腕時計を覗き込み、中々女は動く気配がない。
――5分かぁ…
やがて真介は、切符を買う振りをして女に近づき、女のヒップにショーツの線が浮いているか確かめるつもりで女の背後に回った。
無遠慮に後姿にくまなく視線を這わせたがはっきりしない。
――ははっ あんな分厚いデニム生地じゃ分からんか、、、 それに素足じゃねえかよ
――んな訳、ないわな
真介は自分の思い込みに苦笑いを浮かべ踵を返して、駅を後にした。